厚生労働省「サリドマイド胎芽症患者の健康、生活実態の把握及び支援基盤の構築研究班」
2020年3月31日 策定
- ●サリドマイド胎芽症診断基準策定ワーキング グループ 委員 (敬称略)
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委員長 国立国際医療研究センター病院腎臓内科 日ノ下 文彦 委員 帝京平成大学健康メディカル学部 栢森 良二 東京大学医学部附属病院リハビリテーション科 芳賀 信彦 国立国際医療研究センター病院放射線診断科 田嶋 強 国立国際医療研究センター病院眼科 永原 幸 国立国際医療研究センター病院耳鼻咽喉科 田山 二朗 顧問 厚生労働省副作用被害対策室長 海老 敬子 同上(前任) 安中 健 厚生労働省副作用被害対策室長補佐 峰 有佳 厚生労働省副作用被害対策室主査 板垣 麻衣 オブザーバー 公益財団法人いしずえ理事長 佐藤 嗣道
Ⅰ.はじめに
サリドマイド胎芽症(以下、サ症)とは、妊娠期にサリドマイド(thalidomide)を含有する薬を内服した妊婦より生まれた児において、薬剤の影響で先天的に生じた破格(奇形)や障害の総称である。本邦において、サ症は表現型により上肢障害型、聴覚障害型、混合型の3つのタイプに分類されている。但し、四肢の奇形が上肢のみならず下肢にも認められる症例が稀に存在する。
以下に、サ症の診断手順を示す。サ症の診断をする場合、母親のサリドマイド服用歴および典型的な臨床的特徴(有力な診断条件)が明確に認められるときには容易に診断できるが、非典型的な症例や障害が軽度な症例、有力な診断条件(エビデンス)が整わない症例の場合、慎重かつ詳細な検討が必要となる。また、サ症は本邦のみならずドイツをはじめとしてヨーロッパやオーストラリア、カナダ、台湾、ブラジル、その他の国でも数多く発生しているが、サリドマイドの服用量、服用回数の違いや人種差など様々な要因により、表現型が国によって若干異なるため、この診断の手引きは諸外国の被疑例において適用できるものではなく、診断手続きを申請できるのは、日本で出生した者とする。
Ⅱ.診断手順
Ⅲ.診断するうえで有力な臨床条件(画像検査も含む)
- 一般所見
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- 上肢あるいは下肢の減数奇形が、長軸形成障害(縦軸形成障害)である。本邦に多い上肢障害型の場合、軸前縦列(橈側)形成障害・低形成(母指低形成も含む)を認める。
- 低形成および奇形は、原則として両側性の障害(必ずしも左右対称でなくてよい)である。
上肢の片側だけに異常が認められることはない。 - 類似した先天性奇形の家族歴が無い。
- 先天性聴覚障害があり、側頭骨奇形もしくは内耳・中耳・外耳奇形が複数存在するうえ、奇形を生ずる他の疾患が除外できる。幼小児期からのワニの涙現象やDuane症候群も特徴的である。
- 画像所見
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- X線撮影、CTで、上肢(上腕骨、橈骨、尺骨、手根骨、手指骨)・鎖骨・胸郭に欠損または低形成がある(dysmelia)。肩関節尖鋭化(pointed shoulder)も特異的所見である。
- X線撮影、CT、MRIで、仙尾骨形成異常(sacrococcygeal hypoplasia)がある。
- X線撮影、CT、MRIで、頚椎~上位胸椎の椎体または椎弓の骨癒合(塊椎 block vertebra)がある。
- 超音波検査、CT、MRCPで胆嚢が同定できない(胆嚢無形成)。
- 超音波検査、CT、MRIで肝左葉内側区と外側区の分葉異常を認める。
- CTで、聴覚器官(三半規管・耳小骨・前庭・蝸牛・内耳道・顔面神経管・外耳道)の形成異常を認める。
- MRIで、脳神経(聴神経、顔面神経)の欠損または低形成を認める。
- CT、MRIで、小眼球を認める。
Ⅳ.除外すべき主な先天性奇形
被疑症例の中には、サ症診断に必要な有力条件に乏しいものもあり得る。その場合、まず奇形や障害が類似した先天性(多くは遺伝性)疾患を臨床的な特徴をもとに鑑別しなければならない。遺伝子異常が同定(参考に)されている先天性奇形との鑑別診断時には、遺伝学的検討が必要となる場合もある。
以下に、サ症との鑑別を要する主な先天性疾患を順に列挙する(下表参照)。
- Okihiro syndrome (Duane-radial ray syndrome) ━ 家族性であることが鑑別のポイント
- Holt-Oram syndrome ━ 先天性心疾患が主体である
- VATER/VACTERL association ━ 厚生労働省の診断基準がある.椎体異常が胸腰椎部の椎体癒合不全(半椎体・蝶形椎等)や塊椎である点が、サ症と異なる
- Townes-Brocks syndrome ━ 家族性を認めSALL1の遺伝子変異が参考となる
- Thrombocytopenia-Absent Radius syndrome (TAR) ━ 血小板減少が特徴的
- Fanconi anemia (Fanconi pancytopenia syndrome) ━ 貧血が特徴的
- Roberts syndrome ━ 知的障害が主徴の一つ.軽症は偽性サ症と呼ばれ、鑑別を要す,
疾患名 | 疾患コード | 臨床的特徴 | 備考(遺伝子異常など) |
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Okihiro syndrome (Duane-radial ray syndrome) |
OMIM: #607323 | 眼異常(Duane anomaly)、上肢形成不全、時に腎奇形を合併 上肢形成不全は、母指無・低形成、母指指節間関節可動域制限、橈骨・尺骨形成不全 |
SALL4遺伝子(20q13.2) 常染色体顕性(優性)遺伝 |
Holt-Oram syndrome | OMIM: #142900 | 先天性心疾患の合併(心房中隔欠損が多い) 橈骨形成不全としては、母指形成不全または三節母指が多い.約7割の患者で左上肢の罹患が重度との報告あり |
TBX5遺伝子(12q24) SALL4遺伝子 常染色体顕性(優性)遺伝 |
VATER/VACTERL association | OMIM: %192350 | VATER連合は、椎骨奇形(vertebral anomaly)、消化管閉鎖(atresia)、食道閉鎖を伴う気管食道瘻(tracheo-esophageal fistula with esophageal atresia)、橈骨又は腎形成不全(radial or renal dysplasia)を合併.VACTERL連合はこれに心奇形(cardiac malformations)、四肢奇形(limb anomalies)が加わったもの | ほとんどの症例は散発例で、家族例はまれ |
Townes-Brocks syndrome | OMIM: #107480 | 鎖肛、小耳、母指形成不全を三徴とする。難聴、腎低形成、などを合併 上肢形成不全は、母指低形成や三節母指、軸前性多指など |
SALL1遺伝子(16q12.1) 常染色体顕性(優性)遺伝 |
Thrombocytopenia-Absent Radius syndrome (TAR) | OMIM: #274000 | 橈骨形成不全であるが、母指の形成不全はない(少ない) サリドマイドに類似したtetraphocomeliaの報告あり |
RBM8A遺伝子(1q21.1) 常染色体潜性(劣性)遺伝 |
Fanconi anemia (Fanconi pancytopenia syndrome) | OMIM: #227650 | 骨髄機能障害(汎血球減少など)、成長障害、腎臓・心臓の形成不全、特徴的顔貌(頭、眼、口が小さい)、難聴、性腺機能低下、皮膚の異常(カフェオレ斑など)、悪性腫瘍の好発(特に急性骨髄性白血病) 橈骨・母指の形成不全(患者の50%に合併との報告あり、片側の母指形成不全から両側橈骨・母指欠損まで幅が広い) |
FANCA遺伝子(16q24.3) 常染色体潜性(劣性)遺伝 |
Roberts syndrome | OMIM: #268300 | 小頭、知的障害、成長障害、特徴的顔貌(口唇裂、口蓋裂、毛細血管性血管腫、眼間開離など)、心奇形、腎奇形 上肢に強い四肢形成不全で、フォコメリア、橈骨形成不全も多い |
ESCO2遺伝子(8p21.1) 常染色体潜性(劣性)遺伝 |
参考資料
- Smith's Recognizable Patterns of Human Malformation, 7th ed. (Jones et al, 2013, Elsevier)
- 新先天奇形症候群アトラス(梶井正ほか監修, 改訂第2版, 2015年, 南江堂)
- OMIM®(Online Mendelian Inheritance in Man®), https://www.omim.org/ (Updated Febuary 20, 2020)
Ⅴ.サ症被疑者に対する診断委員会
- サ症の疑いがある被疑者は、公益財団法人いしずえを通じて、もしくはサ症研究班(厚生労働省によって指定されたサリドマイド胎芽症に関する公的研究班を指す)に直接申し出てもらい、申し出を受けたサ症研究班は必要な情報を収集した上でサ症被疑者に対する診断委員会(以下、診断委)を設置し、診断委において被疑者の診断を行う。
- 診断委は研究班長を座長にして数名の研究班員および有識者により適宜構成され、本書別項にある診断の手引きに基づきサ症の診断について吟味する。診断委は、必要に応じてさらに臨床情報(検査データも含む)を収集し、慎重に討議を重ねてサ症と診断するかサ症を除外できるか、診断不能かを決定する。
- サ症研究班は予め被疑者がサ症と診断された(確定した)場合、公益財団法人いしずえと厚生労働省医薬・生活衛生局総務課医薬品副作用被害対策室(以下、厚労省副対室)へ氏名、性別、生年月日、住所、診断結果、診断根拠を報告するという同意を被疑者から得たうえで、診断委による診断手続きを進める。この同意に関し疑問がある被疑者はいしずえに相談してもよい。サ症被疑者に対する診断委の結論(診断)は、診断不能だった場合も含め必ずサ症研究班から被疑者に報告する。
診断委の結論が「診断不能」「サ症除外」となった場合のいしずえ、厚労省副対室への報告についても、予め任意でサ症被疑者本人の意思を確認しておく。いしずえ、厚労省副対室への報告について本人同意が得られた場合、それぞれに氏名、性別、生年月日、住所、診断結果、診断根拠を報告するが、本人同意が得られなかった場合、報告の内容は診断申し出の事実(件数)、診断結果、診断根拠のみとし個人情報に関わる内容は報告しない。 - サ症の研究班およびこれにより設置された診断委は、サ症かどうかの診断内容に関する責任を負うが、公的な認定や補償、社会的および法的措置について関知しない。
- 上記4に関連して、サ症研究班で対応が困難な事態が発生した場合、厚生労働省と対応を協議する。